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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)177号 判決 1972年8月31日

原告 加藤善朗

被告 国

代理人 安原英 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

原告が西陣郵便局集配課計画係の業務以外の業務に従事する義務のないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和三三年三月郵政省郵政研修所普通部終了と同時に西陣郵便局郵便課通常係に配属され、昭和三五年七月同課計画係員となり、昭和三五年一一月の集配課の設置に伴い、同年一二月六日から同課計画係員として同局に勤務していたところ、昭和四二年五月二七日西陣郵便局長斎藤次郎は、人事移動通知書および口頭で原告に対し郵便課通常係に勤務することを命じた。

2  集配課計画係および郵便課通常係の勤務は次のとおりである。

(一) 集配課計画係の勤務

(勤務時間)

午前八時三〇分から午後五時一五分まで、日曜・祭日は休日となる。

(労働の内容)

(1) 諸給与金の請求資料作成

(2) 休暇等の経理

(3) 私設郵便差出箱の事務処理

(4) 備品の請求および受領、保管

(5) 消耗品の請求および受領

(6) 出勤簿の整理

(7) 郵便差出箱の設置

(8) 被服類貸与の事務

(9) 使用済帳簿の保管と整理

(10) 郵一〇一号の処理

(11) 不着郵便物の調査

(12) 書留郵便物配達証等の整理、保管

(13) 法規類の加除訂正

(14) 設備電話の支払経理

(15) 各種統計資料の作成と報告

(16) 簡易文書の授受および保存

(二) 郵便課通常係の勤務

(勤務時間)

二四時間の交替制勤務であり、勤務時間および休日は一定しない。

(労働の内容)

(1) 普通通常郵便物の引受、差立、到着、配達および繰越の処理

(2) 郵袋の授受ならびに整理

(3) 小郵袋の授受および差立、到着、繰越の処理

(4) 料金未納不足料金受取人払郵便物の料金収納および市内特別郵便物の料金還付。

(5) 事故郵便物の処理

(6) 自動押印機の保管および整理

(7) 諸統計調査資料の蒐集

3  前記命令(以下本件配転命令という)は以下の理由により無効である。

(一) 本件配転命令には原告の同意がないから無効である。

(1) 原告は公共企業体等労働関係法(以下公労法という)の適用を受ける職員である(公労法二条一項二号イ、同条二項二号)から、非現業一般職国家公務員と異なり、労働組合法、労働基準法、労働関係調整法等の適用を排除されていない(公労法四〇条一号、国家公務員法附則一六条)。そして賃金その他労働条件に関する事項は団体交渉の対象とされ、労働協約を締結することができる(公労法八条)。公労法の適用を受ける国家公務員の労働条件は、それ以外の国家公務員が労働協約締結を否認され(国家公務員法一〇八条の五第二項)労働条件がもつぱら法律、人事院規則等の定めるところに委ねられ、予め使用者と対等の立場で交渉し決定することが許されていないのと異り、対等な立場において交渉し、決定されることとなつているのである。それは私企業において労働条件が決定される過程と同一であり、そこには公権力の意思に優越的な地位を認むべき契機は何ら存しない。従つて公労法の適用をうける国家公務員の労働条件に関する事項については、公法的規律は及ばず、もつぱら私法をもつて律すべきである。

労働基準法一五条は、労働契約の締結に際して労働条件を明示することを命じ、同法施行規則五条一号は明示すべき労働条件の一つとして就業の場所及び従事すべき業務を掲げるが、このことは、就業の場所及び従事すべき業務を具体的に明示することを命じているものと解すべきであるから、特に明示的に労働の種類、態様、場所等についての決定権を包括的に使用者に委ねた場合を除いては、労働者の同意なしには、労働の場所、種類、態様を変更することはできないと解さなければならない。

(2) 本件配転命令は、集配課計画係から郵便課通常係へ勤務を変更するものであるか、第二項(一)(二)に記載のとおり、集配課計画係の労働は事務労働的なものであるのに対し、郵便課通常係のそれは肉体労働的なものであり、勤務時間、休日も一定しない変則的なものである。かかる重要な労働条件の変更は前述のように、労働契約の内容を変更するものであるから、労働者の同意なくしてはなし得ない。しかるに、前記命令(以下本件配転命令という)は、原告の同意を得ていないから、無効なものである。

(3) なお被告は、公労法が欠員補充に関する国家公務員法(以下国公法という)三五条、人事院規則八―一二の適用を排除していないことを本件配転命令が公法上のものである旨の論拠として主張するが、同法三五条および同規則は、官職に欠員が生じた場合の欠員補充の方法を定めた規定であつて「採用、昇任、転任、配置換又は降任」を行う権限を設定した規定ではない。例えば欠員補充の目的で降任をするためには、右条項の存在にもかかわらず本人の意に反する場合には同法七八条に定めるいずれかの要件を充たさなければならないことには変りがないのである。配置換についても、同規則六条は単に欠員の補充の一方法として定めたものにすぎず、同条によつて配置換を本人の意に反して行いうる旨を定めたものではない。即ち同法三五条、同規則六条は配置換を行う権限やその法律的性格とは無関係な規定であつて、これを行政行為と解すべき論拠とはなりえないものである。

(二) 本件配転命令は不当労働行為であるから無効である。

(1) 原告は、西陣郵便局に勤務する労働者をもつて組織する全逓信労働組合西陣郵便局支部(以下支部という)の組合員であるが、活溌有能な活動家として組合員に信頼され、昭和三四年四月支部青年部委員に選任されたのをはじめとして昭和三五年四月には支部執行委員(文化部長)に選任され、以来昭和四一年八月まで(但し昭和三七年を除く)その地位にあつて支部の組合活動を指導し、同月には支部書記長に選任されたものである。

(2) 郵政省はかねてから全逓信労働組合(以下全逓という)を嫌悪し、第二組合たる全郵政労働組合(以下全郵政という)の保護育成に狂奔していたが、西陣郵便局においても支部の破壊を企図して局長ら管理者のテコ入れのもとに昭和四一年一一月頃から反全逓的な策動が行なわれ、昭和四二年五月には、主事、主任等を中心に一七名が全逓を脱退し、第二組合を結成するに至つた。これに対し、原告らは支部組合員とともに脱退者に対する復帰のための説得活動と組織防衛のためのオルグ活動を精力的に展開し原告は支部書記長としてこれらの活動を統括し、指導していた。

(3) 右のように原告の活躍が団結維持のため最も必要とされる時点において、西陣郵便局長は本件配転命令を発したのである。集配課計画係であれば、勤務時間が一定しているため支部書記長としての日常業務のほか緊急事態に対応する諸行動の統括・指導等の活動をなしえたのであるが、郵便課通常係になると、勤務時間が変則的であるため、右のような活動は不可能である。すなわち、本件配転命令は、原告の組合活動を封殺し、かつ支部による説得・オルグ活動を混乱させるためになされた支部に対する支配介入行為であり、かつ原告に対し、労働内容、勤務時間等に著しい不利益を強いる不利益取扱である。

(三) 本件配転命令は権利の濫用として無効である。

即ち、本件配転命令は、業務の内容および労働時間において原告の労働条件を不利益に変更したものであるとともに、原告を配転すべき合理的必要性は認められず、配転は本人の同意の上で行うという従前からの労働慣行を無視して、原告の同意を得ずに出されたものであり、権利の濫用として無効である。

(四) 仮に本件配転命令が行政処分であるとしても、本件配転命令は以下のとおり重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

(1) 配置換については、国公法三五条、人事院規則八―一二第六条の規定が存在するが、右各規定が配置換に本人の同意を要しないと定めているとは解釈できないことは前述のとおりであり、かえつて、郵政職員に適用される労働基準法には、同法二条一項に労働条件の決定は労使対等の立場において決定さるべきことが、同法一五条に労働契約締結の際には労働条件を明示すべきことが、同法施行規則五条に明示さるべき労働条件の一つとして就業の場所及び従事すべき業務に関する事項が掲げられていること、ならびに、公労法八条には労働条件に関する事項は団体交渉事項であることが明記されていること、などに鑑みると、仮に配転命令を行政処分であるとしても、職員の意に反する配転は許されないと解さざるを得ない。

従つて、本件配転命令は本人の同意を得ていないという重大かつ明白な瑕疵があり、無効である。

(2) 仮に本人の意に反する配転をなしうると解しても、本件配転は既に述べたとおり、業務の内容および労働時間において原告の労働条件を不利益に変更したものであるとともに、原告を配転すべき合理的必要性の認められないものであるから、裁量権を逸脱ないし濫用したものである。また、本件配転命令が、不当労働行為に該当することは前述のとおりである。右の瑕疵は重大かつ明白なものであり、本件配転命令は無効である。

4  原告は西陣郵便局長に対し本件配転命令の撤回を求めたが、同局長はこれに応じない。原告が本件配転に従わなければその効力にかかわらず西陣郵便局長は実力をもつて配転を強行し、かつ原告に対し懲戒処分等、より重大な不利益処分をもつてのぞむことが明白であるので、原告はやむを得ず、現在郵便課通常係の業務に従事している。

以上のとおりであるから、原告は西陣郵便局集配課計画係員であることの確認を求める。

二  被告の認否

1  請求原因第一、第二項は認める。

2  同第三項(一)のうち、本件配転命令が原告の同意なしになされたことは認めるが、その余は否認する。

3  同第三項(二)のうち原告が全逓組合員であること、およびその役員歴の部分は認め、その余は否認する。

4  同第三項(三)(四)の主張は否認する。

三  被告の主張

1  本件配転命令は行政行為であり、原告の同意は不要である。

非現業の一般職国家公務員の任免、分限、服務および懲戒等の勤務関係は全て法律及び人事院規則によつて規律されており、任命された公務員はこのような法律関係下に立たしめられるものであり、またこのような公務員に対する任免、分限、服務および懲戒等に関する行政庁の行為は国の行政機関として有する行政権の行使であり行政処分にあたる。

郵政省職員を含む五現業の公務員については、国公法の規定のうち一定範囲のものが適用除外されている(公労法四〇条)が、一般職公務員であるこれら職員の勤務関係については、ごく限られた一部の規定がその適用を除外されているだけで、国公法第三章第三節の試験および任免に関する規定(三三条~六一条)、第六節の分限、懲戒および保障に関する規定(七四条~九五条)、第七節の服務に関する規定(九六条~一〇六条)の殆どは非現業の一般職公務員の場合と同様に適用され、またこれらの規定に基づく「職員の任免」に関する人事院規則八―一二、「職員の身分保障」に関する人事院規則一一―四、「職員の懲戒」に関する人事院規則一二―一〇等も同様に適用されているのであり、このような法律をうけるこれら郵政省職員を含む五現業公務員の勤務関係は公労法四〇条によつて適用除外されているものを除き、非現業の公務員と同様の公法的規制をうけた勤務関係というほかはない。

従つて本件配転命令は行政処分であり、原告の主張するような契約的法理は妥当しないのである。のみならず国家公務員法三五条および人事院規則八―一二の六条一項によれば、官職に欠員を生じた場合には任命権者はそれを補充するため、採用、昇任、転任、配置換又は降任のいずれか一つの方法により職員を任命することができるのであり、任命に際しては任用基準に合致している限り、任命権者が自由に行ない得るのである。そして各任用方法のうち採用については相手方の承諾を要することは言うまでもないが、その他の任用方法については相手方の承諾を必要としないのである。ただ降任の如き不利益処分の場合には、法律等により定められた事由による場合以外は相手方の意に反してこれを行ない得ないという身分保障がなされているに過ぎないのである(国公法七五条一項)。

以上のように配置換には相手方の同意を必要としないのであるから、本件配置転換に際し、原告の同意を得なかつたことにつき違法の点はない。

2  労働契約的観点からみても同意は不要である。

原告は郵政省設置法第三条に規定する郵政事業全般に従事するものとして郵政省職員に採用され、採用と同時に郵政省郵政研修所普通部研修生として一ケ年の研修を受けたが、この研修は、郵政に関する各種の業務に従事する職員を養成するためのものであり、研修の内容には郵政事業概要、郵便事業概説、為替貯金事業概説、保険年金事業概説、郵政会計概説、電気通信事業概説等の科目が含まれている。

このように原告は郵政事業全般に従事する内務職員として採用されかつこれにつき一ケ年の研修をうけたものであつて、原告と被告との労働契約においては従事する業務内容について、それ以上の個別化は行なわれていなかつたのである。従つて、原告が郵便課通常係に勤務することは、原告と被告との当初からの労働契約の内容に含まれているのであり、本件配転は労働契約の変更に該らない。

3  本件配転の経緯は次のとおりであり、そこには業務上の正当な理由が存在する。

(1) 大阪郵政局郵務部長は西陣郵便局集配課内勤者定員数はそのままに、主任定員を一名増員することとし(このように定員数はそのままに役職定員を増すことを組替という)、昭和四一年七月二〇日付通達をもつてその旨西陣郵便局長に通知した。

(2) 右組替以前の集配課内勤者定員は課長(一名)、副課長(一名)、課長代理(一名)、一般職員(一名)の計四名であり、そのうち課長代理および一般職員の計二名が計画係の職務を担当しており、原告は右の一般職員であつた。

(3) 西陣郵便局長は、前記のように集配課内勤主任を任命する必要が生じたので、経歴、号俸、勤務成績などを斟酌して主任該当者を公平に選定した結果、郵便課主任であつた訴外蟹沢を集配課主任に任命し、郵便課特殊係の一般職員であつた訴外長瀬欽也を右蟹沢の後任に任命した。

(4) その結果集配課内勤者定員上原告を他に配置転換させざるを得なくなり、西陣郵便局長は、訴外蟹沢の集配課への配置転換により生じ、郵便課の欠員補充のため、郵便課勤務の経歴を有する原告を郵便課に配置転換したのである。

(5) 西陣郵便局長が原告を集配課主任に任命しなかつたのは、局内に原告よりも主任昇格のための適格を有するものが多数(約三〇名)いたためであり、殊更に原告に対し偏見を有するなどの不当労働行為的意思をもつていたためではない。

(6) 本件配転の時期については、偶々全日本郵政労働組合西陣郵便局支部の結成時期(昭和四二年五月六日)に重なつたのであるが、被告は故意にそのような時期を選んだものではない。前記の組替の実施時期については西陣郵便局長の判断に委ねられていたのであるが、同局長は夏季繁忙期、年末繁忙期を避ける意味で実施を暫く延ばし、実施の予定されていた班制度と併せて組替を行うこととしたのである。そして昭和四二年五月二〇日班制度が実施されると同時に前記のとおり組替を行い本件配転がなされたのである。従つて、全郵政西陣郵便局支部結成の時期と重なつたのは全くの偶然に過ぎない。

4  本件配転は次に述べるとおり、原告の組合活動に支障を及ぼすものではない。

(1) 郵便課勤務においては計画係を除いては官庁執務的な勤務時間帯を組まれず、日勤、半日勤、中勤、夜勤などの所謂交替勤務を命ぜられはするが、右のような勤務の種類は、原告の属する全逓と被告国との協約において定められた範囲内において決定されるのであるから、右組合の組合員である原告に対し、たとえ同人が組合役員であつても他の職員と同様に勤務の種類を定めうるのはもともと当然であり、右のような交替勤務が組合役員としての活動と両立しないものではないことは、現に原告の属する全逓西陣郵便局支部の役員中にも交替勤務についているものがあり、大阪郵政局管内近畿二府四県所在の普通郵便局全逓支部の書記長の中にも交替勤務についているものが多数存することからも明らかである。原告自身、かつて郵便課に勤務しながら支部青年部委員、支部執行委員、文化部長の役職に従事した経験を有する。

(2) 組合活動中、最重要な団体交渉に関し全逓西陣郵便局支部には原告を含めて計一一名が組合側団交委員である。団体交渉は勤務時間中に行うことも可能であり(労働組合法七条三号但書)、現実に西陣郵便局においては、団体交渉を行うに際しては一又は二日前に交渉事項、場所、時刻を接衝して決定しているから、交替勤務者でも団交出席に支障はない。また郵政省就業規則二八条は勤務時間中と雖も組合休暇を利用して団体交渉以外の組合活動でも行いうることを許容している。

5  本件配転により原告の労働条件が不利益となつたことはない。

郵便課通常係の勤務が、勤務時間において所謂交替勤務が行われること、作業内容において郵便物の区分を行う場合に立作業がなされるという意味で肉体労働的であることは認めるが、後者については肉体労働的であるといつても軽度のものであり、この程度の肉体労働は事務労働と特に区別されるほどのものではない。しかもこの程度の肉体労働的作業は郵便局における最も一般的な作業であり郵便課通常係以外にも、特殊係、窓口係、小包窓口係、小包係においても行われている。

右のように原告が主張しているような労働条件における不利益は認められないのであるが、ことに不当労働行為としての不利益取扱は、非組合員ないしは組合において組合役員の如き重要な役割を果していない職員を比較の対象とする相対的なものである。そうだとすると、西陣郵便局においては半数近くの内勤職員が郵便課通常係その他において、現に原告が郵便課通常係で従事しているような勤務時間帯及び肉体労働的な業務に従事しているのであり、また過去においても本件配転と同様の配置転換がなされているのであるから、本件配転が原告に対する差別待遇であるなどとはとうてい言えないのである。

6  権利濫用について

西陣郵便局においては、従来配置転換を行う場合に事前に本人の希望を聴取するとか、あるいは本人ないし組合に同意を求めるとかのことは原則として行つていない。しかし原告に対する本件配転の場合は原告が組合役員であることを考慮して、例外的に局長が昭和四二年四月三日に組合支部三役と会つた際原告の意向を聴取したところ、同月下旬庶務課を希望する旨の回答があつた。

そこで局長としては本件配転に際して原告の意向を十分考慮したのではあるが、前記のような組替に伴う人事移動の経緯から原告の希望をかなえることができなかつた。

このように被告は本件配転に当つては十分な誠意をつくしたのであつて権利濫用の事実は存在しない。

第三証拠<省略>

理由

一  配転命令

本件配転命令に関する請求原因第一、第二項の事実および右命令が原告の同意なしになされたことは当事者間に争いない。

二  原告は本件配転命令は原告の同意なしになされたものであるから無効であると主張するので、この点につき判断する。

1  先ず、現業国家公務員に適用される現行実定法上、配置換に関する根拠規定の存否を検討すると、国家公務員法(以下国公法という)三五条は、「官職に欠員を生じた場合においては、その任命権者は、法律又は人事院規則に別段の定のある場合を除いては、採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により、職員を任命することができる。」と定め、さらに人事院規則八―一二の六条一項は「任命権者は、臨時的任用及び併任の場合を除き、採用、昇任、転任、配置換又は降任のいずれか一の理由により、職員を官職に任命することができる。」としている。そして右の各種の欠員補充方法のうち、採用については国公法三六条に、昇任については同三七条に、降任については同七五条、七八条に、それぞれ具体的な方法、要件を定めてあるが、転任、配置換についてはそのような規定は存しない。

被告は国公法三五条、人事院規則八―一二の六条一項を根拠として、配置換には本人の同意は不要であると主張しているが、右両規定に掲げられている各種の欠員補充の方法のうち、採用、昇任、降任については既にみたようにその要件が別に国公法に定められていることからみて、右両規定は、欠員補充の方法を定めたにすぎないものであつて、採用、昇任、転任、配置換または降任の要件を定めた規定ではないと解するのが相当である。従つて、国公法三五条及び規則の六条一項を根拠として配置換に本人の同意が不要であるということはできない。

そうだとすると、転任、配置換については直接その要件を定めた規定は存在しないことになるから、現業国家公務員の転任、配置換については、その勤務関係の性質を判断し、それに適した法原理によつて、要件を判断するという方法によらざるを得ない。

2  そこで現業国家公務員の勤務関係の性質について判断する。

(一)  公労法二条一項二号イに規定する郵便等の事業は、公権力の行使を伴う一般行政作用とは異なり、郵便等の経済的役務の提供を目的とする企業活動であつて、郵便役務を安い料金で、あまねく、公平に提供するため国が経営している(郵便法一、二条)にすぎないから、ここに勤務する職員は公権力の行使と何ら関係のない経済活動に従事することを職務内容としているものであり、この点において公共企業体の職員との間に何らの差異はない。

(二)  実定法上も、郵便事業等公労法二条一項二号所定の企業に勤務する職員はいずれも一般職に属する国家公務員の身分を有するが(公労法二条二項二号)、これら現業国家公務員の労働関係については公共企業体の職員と同じく公労法が適用されるから、非現業一般職国家公務員と異なり、労働組合法、労働基準法、労働関係調整法、最低賃金法が適用され(公労法四〇条、国公法附則一六条)、賃金その他労働条件に関する事項は団体交渉の対象とされ、労働協約を締結することができる(公労法八条)。

(三)  してみると、現業国家公務員の勤務関係は、公務員が「全体の奉仕者」として勤務することを要請されている(憲法一五条二項)ところから、その勤務条件について国公法等法令の規律を受ける点に特徴があるとはいえ、基本的には公共企業体の職員のそれと異なるところがなく、いずれも私企業のそれと同質の対等当事者間の契約関係とみるのが相当である。

3  このようにみてくると、現業国家公務員に対する配置換も私企業の労働者に対するそれと基本的に異なるものではないと解されるから、その要件、効果等についても特に法律に規定のある場合を除き、同様に考えるのが相当である。

なお、現業国家公務員に対しては一部国公法の適用があるため、国の現業国家公務員に対する行為を行政庁の処分として考えるべき場合があり、このことから、配置換を含む任用処分は国公法の規定からみて行政処分であり、配置換の要件につき規定が存しないのは任命権者の裁量に委ねる趣旨であるとする見解がある。

確かに、公務員関係において、本来は対等当事者間の法律関係を、事柄の画一的処理、迅速な処理などの目的から、形式的に行政庁の処分と構成し、抗告訴訟によらしめる場合があり、国公法においても、職員の意に反する降給、降任、休職、免職、その他いちじるしく不利益な処分および懲戒処分については抗告訴訟を提起しうるものと定めている(国公法八九条一項、九二条の二)、しかし、右のような場合、これを行政処分と構成したからといつて、本来対等当事者間の法律関係であるという実質に変化が生じるわけのものではないのであるから、右のような行政処分としての取り扱いはその旨の規定のある場合に限られるはずである。そうだとすると、配置換の要件という当事者の実質的関係に則して考えられなければならない問題について、著しく不利益な処分にあたる場合の配置換につき行政処分として抗告訴訟の対象となりうる場合があるとしても、このことから直ちに要件につき規定の存しないのは裁量に委ねた趣旨であると考えるのは、相当でないというべきである。

4  企業内で労働者は、使用者に包括的に与えられた指揮命令権に服して労働に従事しなければならないのであるが、使用者の右指揮命令権は労働者との契約により与えられたものであり、契約により定められた範囲にしか及ばないのである。配置換についても、右指揮命令権の一種として、労働契約により提供すべきものと定められた範囲内において、具体的、個別的に労働者の提供すべき労働の種類、態様、場所等を決定する一方的意思表示であり、右意思表示により、使用者と労働者の間には具体的、個別的な権利義務関係が形成されるのである。ただ、配転命令が、当初の労働契約により定められた範囲を逸脱する場合には、右のような効果は生ぜず、その命令は、労働契約の変更の申出として、相手方の労働者が、それに同意した場合にのみ有効となるのである。

5  そこで右の観点から本件配転命令を検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一四号証乙第一、第二号証によれば、原告が採用された昭和三一年度初級国家公務員試験(近畿地区)採用試験は、一般職員、郵政職員、税務職員、機械技術職員等の職種一つと、滋賀地区、京都地区、大阪地区等の勤務地区一つを組み合わせた試験区分によりなされたこと、郵政職員については、「郵便局等において郵便・郵便貯金・簡易保険・電信等の各種の業務に従事するが、四級職合格者として採用される者のうち男子はおおむね郵政研修生となり、そのうち(ア)普通部第一科研修生となる者は京都郵政研修所(京都市)に入所し、一年間の研修を受けたのち、郵便・郵便貯金・簡易保険等の郵政に関する各種の業務に従事し、(イ)普通部第二科研修生となる者は京都郵政研修所または兵庫電気通信学園(加古川市)に入所あるいは入園し、六ケ月ないし一年間の研修を受けたのち、主として特定郵便局において電信に関する各種の業務に従事する」旨試験公告に記載されていたこと、原告は昭和三二年四月一日郵政研修所普通部研修生として採用され、以後一ケ年研修を受けたが、この研修の目的は郵政省の中堅職員として必要な一般的、基礎的知識について訓練を行なうものであり、研修の内容には、憲法、民法、経済原論、郵政事業概要、郵便事業概説、為替貯金事業概説、保険年金事業概説、郵政会計概説、電気通信事業概説等の科目が含まれていたこと、原告は研修終了と同時に西陣郵便局郵便課通常係に配属されたこと、以上の事実が認められる。

(二)  以上の事実に基いて判断すると、郵政職員の採用に当つては、労働の場所については、他に特段の事情のない限り、受験の際選択した勤務地区が、労働の種類については、普通部第一科研修生となつた者については、郵便・郵便貯金・簡易保険等の郵政に関する各種の業務が、普通部第二科研修生となつた者については主として特定郵便局において電信に関する各種の業務に従事することが、定められていたものであり従事すべき業務内容につきそれ以上の個別化はなされていなかつたものと考えられ、右の範囲内で配置換が行なわれることは当初の労働契約の内容となつているものというべきである。このことは郵政省就業規則一〇条が「職員は、業務の都合により、その配置を変更されないで、臨時に他の事務の担当を命ぜられることがあるものとする。」と定め、配置換が行なわれることを当然の前提として、配置換を行なわないで臨時に担務変更を命じ得ることを特に定めていることからも明らかである。

原告は、労働基準法一五条が労働契約の締結に際して労働条件を明示することを命じ、同法施行規則五条一号は明示すべき労働条件の一つとして、就業の場所および従事すべき業務を掲げていることを根拠に、特に明示的に労働の種類、態様、場所等についての決定権を包括的に使用者に委ねた場合を除き、労働者の同意なしに労働の場所、種類、態様を変更することはできないと主張する。しかし、労働契約締結時に於ける就業場所、従事すべき業務内容は、そのまま労働契約の内容として固定されるものではなく、転勤、配置転換をしないという明示又は、黙示の特約がない限り、将来の転勤、配置転換を当然に予想していると解するのが相当であるから、原告の右主張は採用できない。

(三)  本件配転命令は原告に対し西陣郵便局集配課計画係から同郵便局郵便課通常係に勤務の変更を命ずるものであるが、これは右にみた当初の労働契約の範囲内のものであることは明らかであり、当初の労働契約締結に際し、労働場所を特定したり、配置換に原告の同意を要する特約をしたなどの特段の事情は認められないから、結局本件配転命令には原告の同意を要しないことになる。

よつて、本件配転命令は原告の同意がないから無効であるとの原告の主張は採用できない。

三  不当労働行為の主張について

1  成立に争いのない甲第一四号証、乙第一〇号証、第二二号証、第二四号証、証人水口忠、同黒田春雄の各証言、検証の結果および当事者間に争いのない事実によれば、

(一)  原告は、西陣郵便局に勤務する労働者をもつて組織する全逓信労働組合(以下全逓という)西陣郵便局支部(以下支部という)の組合員であるが、活発有能な活動家として組合員に信頼され、昭和三四年四月、支部青年部委員に選任されたのをはじめとして昭和三五年四月には支部執行委員(文化部長)に選任され、以来昭和四一年八月まで(但し昭和三七年を除く)その地位にあつて支部の組合活動を指導し、同月には支部書記長に選任されたものであること。

(二)  西陣郵便局においては、昭和四二年五月六日、主事、主任等を中心に一七名の者が全逓を脱退し、全郵政労働組合(以下全郵政という)西陣郵便局支部を結成したこと。

(三)  これに対し、原告らは支部組合員とともに脱退者に対し、午後五時以降に家庭を訪問して組織に復帰するよう説得をするなど、組織復帰のための説得活動と、組織防衛のためのオルグ活動を精力的に展開したが、原告は、支部書記長として右活動の計画を立てるなどの役割を果していたこと。

(四)  原告がそれまで従事していた集配課計画係の仕事は、請求原因第二項(一)に記載されているとおりであり、勤務時間も一定し、仕事の内容も事務労働である。これに対し、郵便課通常係の仕事は請求原因第二項(二)に記載されたとおりであるが、このうち主たる仕事は配達区分と差立区分であり、いずれも配達区分棚、差立区分棚の前での立作業であり、その前後には郵袋を運搬する等、肉体労働的なものが多い。またその勤務時間は早出、日勤、半日勤、中勤、夜勤、一六勤の六種類があり、早出は午前七時、日勤は七時半、中勤は一〇時、夜勤は午後一時から、いずれも八時間の勤務(実働)であり、半日勤は午前八時半から一二時半まで、一六勤は午後五時から翌日の午前九時までの宿直勤務である。これらの六種類の勤務を四週間ごとに組合わせて、服務指定表で指定することになつているが、勤務の組合わせ順は不規則であること。

(五)  当時、原告は、前記の理由で、支部書記長としてかなり多忙であつたが、右のように勤務時間が変更されたため、ややその活動に支障をきたしたこと。

以上の事実が認められる。乙第二二号証、第二五号証の一、三のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  前掲甲第一四号証、成立に争いのない乙第二三号証、第二五号証の一ないし三、右第二三号証により成立の認められる乙第四号証、証人水口忠の証言によれば、

(一)  大阪郵政局郵務部長は西陣郵便局集配課内勤者定員数はそのままに、主任定員を一名増員することとし(このように定員数はそのままに役職定員を増すことを組替という)、昭和四一年七月二〇日付通達をもつて同年七月三〇日にその旨西陣郵便局長に通知したこと。

(二)  右組替以前の集配課内勤者定員は課長(一名)、副課長(一名)、課長代理(一名)、一般職員(一名)の計四名であり、そのうち課長代理および一般職員の計二名が計画係の職務を担当していたが(原告は右の一般職員であつた)、右組替により定員として一般職員(一名)がなくなりかわりに主任(一名)がおかれることになり、右主任が課長代理とともに計画係の職務を担当することになつたこと。

(三)  その結果、西陣郵便局長は集配課内勤主任(計画係)を任命する必要が生じたのであるが、当時、計画係の一般職員であつた原告は、局内における一般職員の俸給順位が三二位で、原告よりも主任昇格のための適格を有するものが三一名もいる状態であり、しかも、原告は二八歳と若かつたので、まだ主任にするわけにはいかず、結局他課の主任を集配課に横すべりさせ、空いたところに新たに主任を一人昇格させるか、それとも他課の者を直接集配課の主任にするかのいずれかの方法によることにして選考を進めた結果、当時郵便課の内務主任をしていた訴外蟹沢敏夫が、職務の性質上郵便の仕事をよく知つており、またデスクワークにも向いていると考えられたので、同人を集配課の内務主任(計画係)に任命することにし、蟹沢の後任には、それ以前に行われた主任選考のときに第二位で選考にもれたことなどを考慮して、郵便課特殊係の一般職員であつた訴外長瀬欽也を任命することにしたこと。

(四)  その結果集配課内勤者定員上、原告を他に配置換せざるを得なくなり、種々検討したが、原告を郵便課以外の課に配置換するとそこの課の人間を郵便課へ移さなければならず、人事が複雑になることなどを考慮し、訴外長瀬が主任に昇格し、一般職員が一名足りなくなつた郵便課に配置換することになつたこと。

(五)  西陣郵便局長が右の配置換を行つたのは昭和四二年五月二七日であり、前記組替の通達を受領(昭和四一年七月三〇日)してから大部時間が経過しているが、これは、通達を受領したのは夏季繁忙期であり、従来の事務の継続および計画という計画係の職務の性質上、繁忙期に計画係を代えるのは適当でないので、主任の選考を延期し、夏期繁忙期終了後選考に着手し局議を何回か開いたが難行し、選任に至らないうちに年末繁忙期となつたため人選は中断されてしまい、年末繁忙期終了後再び選考に取りかかつたのであるが、昭和四二年三月三一日集配課に班制度が実施される旨通知があり、集配課の一般職員を五、六名ずつの班に分け、統括責任者(班長)を選任して班を指導させて行くことになり、その結果、局長は右の統括責任者と主任増員の発令をしなければならないことになつたので、これと合わせて、前記主任の発令も行うことにし、そのため本件配転命令は班制度の実施された昭和四二年五月二〇日過ぎになつたこと。

(六)  西陣郵便局長は、本件配転命令を出すにあたり、事前に(昭和四二年四月三日)原告に配転される場合どこがよいか聞いたところ、原告は支部長である訴外水口を通して、庶務課を希望する旨答え、局長もこれを考慮したが、結局前記のような事情で原告の希望を満たせなかつたこと。

以上の事実が認められる。甲第一四号証および証人水口忠の証言のうち右認定に反する部分は信用しない。

3  原告らは、郵政省はかねてから全逓を嫌悪し、第二組合である全郵政の育成に狂奔しており、訴外蟹沢が全郵政西陣郵便局支部の結成に中心となつて働いたので、同人を計画係の主任とした旨主張しているが、既に述べたとおり集配課内勤者定員の関係上原告は自ら主任とならない限り他の誰が主任となつても集配課を出なければならないのであり、その後に誰が来るかということは、原告に対する本件配転が不当労働行為となるか否かを判断するうえで重要な事情とはなりえない。原告が主任に選任されなかつた事情は前述のとおりであり、原告が組合活動の故に主任に選任されなかつたことを示す証拠はない。ちなみに、前掲各証拠によれば原告が俸給順位三二位、二八歳であるのに対し、主任に任命された訴外長瀬の俸給順位は一七位、年令は三八歳であり、その外選考の時に候補に上げられた者については、大島彦次郎五位、四八歳、後藤務、一四位、三九歳、梅景馨一九位、三五歳である。

次に原告が郵便課に配転になつた点について考えると、この点については主任に昇格した者の後に転出したという一応合理的な理由があるのだから、これを、原告が組合活動をしていたためになされたものと認めるためには、原告がそのような活動をしていなければ希望した庶務課ないしこれに準ずる官執勤務の場所に行けたであろうことが認められなければならないが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、本件配転命令は、もつぱら前記認定のような業務上の理由に基いて発せられたものと認めざるを得ず、前記のように本件配転により原告の組合活動にやや支障をきたしたことが窺われるとはいえ、被告がこれを重要な動機として右配転をなしたものということはできない。

よつて、本件配転命令が不当労働行為であるとの原告の主張は採用できない。

四  権利濫用について

原告は本件配転命令は労働条件を不利益に変更したものであるとともに、原告を配転すべき合理的必要性は認められず、配転は本人の同意の上で行うという従前からの慣行を無視しており、権利の濫用であると主張する。

前認定の事実からみて確かに本件配転により原告の労働条件は不利益に変更されたものといえるが、しかしその程度は通常の配置転換に伴う不利益を越えるものではなく、また本件配転命令に業務上の理由があることは前認定のとおりである。

配転に本人の同意を得る慣行があつたという点については、甲第一四号証の供述記載および証人水口忠の証言中にはこれにそう部分があるがこれらは、乙第二三号証、第二五号証の一に照らしてにわかに措信できず他に、右事実を認めるべき証拠はない。

従つて、本件配転命令を権利の濫用であるとする原告の主張は採用できない。

五  予備的主張について

原告の予備的主張は、配転命令が行政処分に該当することを前提として、既に判断した各主張を繰り返したものであるから、今まで述べて来たところから、いずれも理由がないことは明らかである。

六  結論

以上によれば、原告の主張はいずれも理由がないから、本件請求は失当であり棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田常雄 伊藤博 房村精一)

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